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こんにちは、管理人の火沢火洋です。
皆さんは学問の神様である天満宮を参拝したことはありますか?
学業成就というわけではないものの、筆者もいくつかの天満宮を参拝したことがあります。

その中でも特に記憶に残っているのが東京都国立市にある「谷保天満宮」。
谷保と書いて「やぼ」と読むのが特徴です。
そこで本記事は谷保天満宮について、神仏研究家である桜井識子さんの著書『「神様アンテナ」を磨く方法』と筆者の参拝体験を元に紹介します。
谷保天満宮とは

谷保天満宮は、東京都国立市にある神社。

ご祭神は「菅原道真公」と「菅原道武公」の二柱をお祀りしています。
谷保天満宮が創建された経緯は、菅原道真公の左遷の話にまで遡ります。
菅原道真公は忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて寛平の治を支えた一人であり、醍醐朝では右大臣にまで上り詰めた人物。

後に天満天神として信仰対象となり、学問の神様として親しまれています。
そんな道真公ですが、左大臣・藤原時平の讒言(ざんげん)によって、901年に無実の罪で太宰府(福岡県)へ権帥(ごんのそち)として流されました(昌泰の変)。
これは宇多上皇の信頼が厚い道真公を排除したかった藤原氏の陰謀とされており、道真公は失意のまま2年後に同地で亡くなっています。

この時、道真公の御子息たちも流罪に。
神社のホームページによると、谷保天満宮のご祭神である三男の道武公は、武蔵国多摩郡分倍庄栗原郷(現在の国立市谷保)に流されました。
父・道真公が亡くなった知らせを受けた道武公は最後まで無実を訴え続けた父を偲び、その姿を刻んで祀りました。

これが谷保天満宮の始まり。
天暦元年(947 年)京都に北野天満宮が造営される際、谷保天満宮の霊験が奉上されたのを機に、村上天皇の勅命によって神殿が建てられ、官社(国が認めた神社)となりました。
養和元年(1181 年)には、社殿を旧地(現在の国立府中インター付近)から現在の場所に移し、太宰府を模して梅香山安楽寺を建て、社務六院を置いて祭祀を司ったそうです。

そして時代は流れて明治18年(1885年)、谷保天満宮は「府社」に昇格。
東日本で最も古い天満宮として、湯島天神・亀戸天神と並ぶ「関東三天神」の一つとなりました。
谷保天満宮のホームページによると、令和9年は菅原道真公が延喜3年に薨去されてから1125年という節目の年。

同年9月に「菅公御神忌1125年式年大祭」が斎行されるそうです。
なお谷保天満宮では、道真公に縁深い「25」という数(誕生日が6月25日、薨去日が2月25日)にちなみ、25年ごとに式年大祭を開催。
御神霊をお慰めするとともに御神威の甦りと氏子崇敬者が大きな御神徳を賜れるよう懇願するものだそうです。
桜井識子さんも著書で紹介

実は谷保天満宮は識子さんも参拝しており、自身の著書『「神様アンテナ」を磨く方法』で当時のことを紹介しています。

識子さんによると、谷保天満宮にいる神様は菅原道武公ご本人。
福岡県にある大宰府天満宮で、父親の菅原道真公と一緒に神様修行をした人物になります。
ちなみに識子さんによると、全国に「天満宮」と名のつく神社は沢山ありますが、そこのご祭神はみな大宰府天満宮で修行をするそうです。

その仕組みは天満宮からのスカウト。
天満宮の神様(正式にはその下の者)から優れた霊能力を認められ、本人が亡くなった後に「神様修行をしなさい」とスカウトされるのだとか…。

そして長い期間に渡って修行に励み、晴れて神様のレベルにまで到達。
地方で新たに天満宮が創建され勧請があった際、道真公の代わり、もしくは大宰府天満宮の代表としてその神社へ行っているのです。
なお、天満宮の神様は菅原道真公のもとで修業を積んでいるため、学業成就が一番得意になるとのことでした。
境内で霊能力アップの修行?

筆者が谷保天満宮をはじめて参拝したのは2025年10月。平日ということもあり参拝客はほとんどいませんでした。

「とても静かな空間だな」というのが第一印象。
鳥居をくぐってから本殿までは長い参道を進み、途中で階段を下るなど、やや距離があります。

階段を下った先には車祓い専用の駐車スペースが設けられていて、一組の家族がちょうどお祓いを受けているところでした。
お祓いを受けていた車はミニバン。全てのドアをあけ放った状態で神職の方がばっさばっさと幣を左右に振って祈祷していました。

車のお祓いを生で見たのはこれが初。
こんな感じでやるのか~と興味深く拝見した後はそのまま拝殿へ直行しました。

この日は娘を抱っこひもで抱えた状態で参拝。娘が大人しくしていたおかげで、落ち着いて祝詞を唱えてご挨拶できました。

ご挨拶を済ませた後は、娘を抱えつつ拝殿の近くをぶらぶら。
その時「神様霊能力の修行にはどの神様も協力的」と、識子さんが著書の中で紹介していたのを思い出しました。
そこで、「谷保天満宮の神様、霊能力を磨くために修行をつけてください」と心の中でお願い。
すると私が立っていた所から1~2メートル先の地面に、枝と葉のついた銀杏が突然落ちてきたのです。


神様霊能力向上のための修行をお願いした直後の出来事。
言い終わるか終わらないかの瞬間に「ボトッ!」と音を立てて落ちてきたのです。


神様が出したサインに気づけるのか、試してくれたのだと思いました。
修行をつけてほしいとお願いして、明確な反応があった神社は今のところ谷保天満宮だけ。思い返しても不思議な体験で、嬉しい思い出になっています。

その後は境内の中をぶらぶら散策。
本殿の後ろ側には弁天池に囲まれた厳島神社があります。池の水は、付近に住む人々の井戸として利用されていた歴史があるそうで「常盤の清水」と近くの看板に書かれていました。
古くから湧水に恵まれたこの一帯は、谷保の自然環境を象徴する場所。四季折々の美しい景観が、参拝者の心を和ませてきたそうです。

池の水は透き通っていて美しく、鯉たちが気持ち良さそうに泳いでいました。


帰りがけには境内の稲荷神社も参拝。
ご祭神は稲荷大神、淡島大神、蒼守大神の三柱となっています。こちらは稲荷祝詞を唱えてご挨拶しました。

平日で参拝客が少なかったこともあり、静~かで心の落ち着く空間だった谷保天満宮。都内ですが車でアクセスできるのも嬉しいポイントです。
入学試験や資格試験など学業成就を祈願する方におすすめの神社です。
交通安全発祥の地でも有名
学業成就以外にも「交通安全発祥の地」として有名な谷保天満宮。

境内には「有栖川宮威仁親王殿下台臨記念」の石碑が建てられています。
これは明治41年(1908年)8月1日、宮様ご先導による「遠乗会」と称された日本初のドライブツアーが谷保天満宮を目的地に開催された証。
宮様御一行は拝殿に昇殿参拝の後、故障や事故なく無事に東京へ戻られたことから、谷保天満宮が交通安全発祥の地たる所以となっています。
車に関するイベントも有名で、2025年12月14日には「117周年記念 谷保天満宮旧車祭」を開催。

有栖川宮威仁親王殿下による遠乗会から117周年を記念したものです
谷保天満宮のホームページによると、戦前モデル~昭和のクラシックカー、スーパーカーまで、世界の歴代名車や旧車が190台集合したとのこと。
ほかにも、タクリー号の子供神輿や国産初のガソリン車である実働タクリー号のレプリカも登場。東京発動機愛好会の方々の運転パフォーマンスも行われ、境内は大変賑わったそうです。
次回の開催が決まったらホームページでお知らせするとのこと、気になる方はぜひチェックしてみてください。
まとめ
以上、東京都国立市の谷保天満宮を紹介しました

識子さん曰く、ご祭神は菅原道真公の実子である道武公。
太宰府天満宮で修行を積んで神様になられた方で学業成就の願掛けを得意としています。
高校や大学受験、資格試験の合格祈願をしたい方におすすめの神社です。
なお、本記事で取り上げた神様や天満宮からのスカウトに関するお話は、神仏研究家である桜井識子さんの著書『「神様アンテナ」を磨く方法』を参考としました。
詳細が気になる方は本書を読んでみてください。
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