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こんにちは、管理人の火沢火洋です。
今回は東京都中央区日本橋にある小綱神社を紹介します。
筆者は2025年の11月、仕事の都合で近くを訪れた際に参拝。ウワサ通りの極狭境内ですが、平日にも関わらず多くの参拝客で賑わっていてビックリしました。

まるで、極小店舗の人気ラーメン店に行列ができているような光景。
本記事では、そんな小綱神社の魅力を紹介。
神仏研究家の桜井識子さん(以下、識子さん)の著書『お稲荷さんのすごいひみつ』を参考にしつつ、神社の基本情報と人気の秘密に迫ります。
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小綱神社とは

小綱神社のルーツは「庵」
じつは小綱神社のルーツは「庵」です。

庵とは、僧侶や隠者が住む草葺きの質素な小屋や茶室などの小規模な建物。
小綱神社のホームページによると、その昔、武蔵国豊島郡入江付近に「萬福庵」という観世音と弁財天を安置する庵があり、これが小綱神社の元だそうです。
この庵は恵心僧都の開基(仏教において寺院や宗派を創立・創建すること)で、開基の年代は今からおよそ一千年前ということになります。

時は流れて文正元年(西暦1466年)、庵周辺で悪疫が流行する事態が起きました
そこに、網師の翁が海上で網にかかった稲穂を持って現れ、この庵で数日間を過ごしたそうな…。
とある夜、庵の開基・恵心僧都が当時の庵主の夢枕に立って、「網師の翁を稲荷大神と崇めれば、村の悪疫は消滅する」ことを告げます。
夜が明けると、庵の中に網師の翁の姿はありません。しかし、庵主は恵心僧都の託宣を信じ、その内容を村人たちに話しました。

そこで庵主はじめ村人たちは、翁を「小網稲荷大明神」と称え神社を創建
日夜祈願を続けたところ、間もなく村の悪疫は鎮まり、村人たちは歓喜したといわれています。
これが小綱神社の創建に関するルーツです。
名将・太田道灌も参拝

かの有名な太田道灌(1432-1486)※も、この御神徳を聞いて小綱神社を詣でたそうです。
※室町時代後期に江戸城を築城したことで知られる扇谷上杉家の家宰(筆頭家老)。
三十数度の合戦で不敗を誇った名将で、和歌や兵法にも通じる「文武両道」の武将として関東の戦乱を平定したことで知られています。

領主だった太田道灌は、土地を寄附し「小網山稲荷院萬福寿寺」と命名。
慶長年間(西暦1596~1615年)には、上記にちなみ周辺地域が「小網町」と名づけられ、小綱神社は氏神として崇められることになったのです。
戦後の宗教法人化で「小綱神社」へ
明治維新後は、神仏分離令によって社寺が分離。

明治6年7月5日に、小網稲荷神社として「村社」に指定されました。
ちなみに現在の社殿と神楽殿は、大正期の明治神宮造営の工匠長・内藤駒三郎宮大工一門により、昭和4年に造営されたもの。

現在では日本橋地区に残された唯一の戦前の木造神社建築となっています。
特に向拝※に施された「昇り龍」と「降り龍」の彫刻は「強運厄除の龍」として有名で、社殿や神楽殿などは、中央区の文化財に登録。

※向拝(こうはい/ごはい)
神社や寺院の建物の正面に設けられた、屋根を前方に張り出した庇(ひさし)部分のこと
戦後の宗教法人化に伴い、「小網神社」に名称を変更して現在に至ります。
小綱神社のご祭神はお稲荷様

「強運厄除の神」として崇められている小綱神社ですが、ご祭神はお稲荷様。

鳥居は赤くないし、神前に置かれているのは狛狐ではなく狛犬です。
鳥居の前に掲げられた提灯にも「稲荷」の文字はありません。

ですが、実際にお祀りされているのはお稲荷様なのです。
小綱神社のホームページにもご祭神が稲荷大神である旨、記載されています。
<小網神社のご祭神>
・倉稲魂神(お稲荷大神)
・市杵島比賣神(弁財天)
・福禄寿 他
識子さんも著書の中で、「社殿の空間にお稲荷様が座っているのが見えた」と紹介。

大きくてどっしりした何事にも動じない武将タイプのお稲荷様だそうです。
ご由緒によれば室町時代中期から居るお稲荷様のため、大きくて強いのは当然。

識子さん曰く神社の規模と見合わないほど、沢山の眷属がいるのだとか…。
ご祭神も眷属もみな笑顔で福々しい感じが半端なく、神前には人間の運気を上昇させるご神気が流れているそうです。
見所は東京銭洗弁天と福禄寿

小網神社の弁財天(市杵島比賣神)は、恵心僧都の開基と伝わる萬福寿寺に安置されていた弁財天
明治初年、神仏分離令の施行後に小網神社と寺院は分離した後に寺院が廃絶したため、明治2年(西暦1869年)小網神社に遷座されたそうな。

同寺にちなみ像が船に乗っていることもふまえ、「萬福舟乗弁財天」と命名
毎年10月28日には「萬福舟乗弁財天大祭」が行われ、多くの参拝者で賑わっています。
境内の「銭洗いの井」で金銭を清め、財布に収めておくと財運を授かることから、現在では「東京銭洗い弁天」とも呼ばれ、崇敬を広げています。

鳥居をくぐって左側にある徳を授ける福禄寿も見所。
小網神社の福禄寿は、健康長寿の御利益とともに「福徳」「人徳」「財徳」など、さまざまな「徳」を授ける神様として「日本橋七福神」の一柱にもなっています。
識子さんによれば、この福禄寿は笑顔が最高で、キラキラと輝いている縁起の良い像なのだとか。

「ご利益や福をもたらしてくれそう」と期待せずにいられません。
識子さん曰く、小網神社を参拝した際は、福禄寿の頭を撫でて、銭洗い弁天のところでお金を洗うのがおすすめ。

筆者ももれなく硬貨を洗いました。
どちらもご利益があるように、お稲荷様の眷属がしっかりサポートしてくれます。
まとめ
以上、東京日本橋にある小網神社を紹介しました

極狭の境内には、お金を洗える銭洗い弁天や福禄寿の像など見所満載。
信仰心を持った人間を大切にする、度量の大きなお稲荷様に会える稀有な神社です。
なお、本記事で紹介したご祭神のお稲荷様の特徴や眷属に関する話は、識子さんの著書『お稲荷さんのすごいひみつ』を参考にしました。
詳細が気になる方は本書を読んでみてください。
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